体温の基本
私たち人間をはじめとする恒温動物は、外気温が零下になる真冬でも、逆に40℃に迫るような真夏でも、深部体温をそれぞれの動物種によって一定の温度帯に保っています。電気のコンセントに繋がれているわけでもないのに、動物は自分でエネルギーを生み出し、それを熱エネルギーに変換して、産熱と放熱をうまくコントロールしながら、常に体温を一定温度帯に保っているのです。
この一定の体温を保つ仕組みが根底にあって、私たちの体は、血流やエネルギー代謝、浸透圧、酸化還元システム、pH、血糖値といったパラメータを限られた基準範囲に収め、自律神経系、内分泌系、免疫系を調整し、生命活動を維持しているのです。
測定部位による体温の違い
体温は健康状態を知る一つの指標になりますが、測る場所や時間によってもその数値には差があり、体の内側である核心部から外側の表層部へいくほど体温は低くなります。
日常的に体温測定に使われるのは脇の下です(腋窩温)。腋窩温は体の表層部の温度を示す外層温で、季節や環境の変化に影響されやすいという特徴があります。
舌下温は口腔内の温度ですから外層温の仲間で、腋窩温より0.3~0.5℃ほど高値ですが、こちらも環境や飲水等の影響を受けて変動します。
核心部の体温、すなわち核心温(=深部体温)の指標としては鼓膜温と直腸温があげられますが、鼓膜温は耳垢等の影響を受けて測定値がばらつきやすく、また頭頸部を冷やすとその影響を受けます。
環境の変化を最も受けにくい安定した測定部位で、より深部体温を反映するのは直腸温です。実際に1000例を超える成人男女で測定してみますと、直腸温は腋窩温に比べて平均0.8℃高いことがわかります。
また、体温には概日リズムといわれる日内変動があり、1日のうちで夕方が最も高く、深部体温が徐々に下がって睡眠が訪れ、明け方が最も低くなります。その日較差は約1℃といわれています。
冷えは万病の元
メタボリックシンドロームをはじめとする代謝性の疾患、統合失調症やうつ病などの精神疾患、がん、アレルギー、不妊症など、あらゆる不調や病気は、「冷え」がもたらす血流低下、血流低下に起因するエネルギー代謝不全も少なからず関係しています。
同じようにストレスを受けても病気になる人とならない人がいるのは、生まれつき私たちが備えている代謝能や免疫能、抗酸化能のような体を守る働きに関係していると考えられますが、これらの働きが体温によって左右されることも大きな理由の一つと考えています。また、同じ薬を飲んでも効く人と効かない人、副作用が強く現れる人とそうでない人の違いについても、体内の薬物動態を考えた時、体温と体温によって動くpHの値が薬の反応や代謝、排泄に影響を与えているのが一因と考えることもできます。冷えは病気の発生のみならず、治療においても重要な因子になるのです。
冷え症対策としての温め
冷えを改善するには、まず外から体を温めて血液を体全体に巡らせることです。
適度に体を温めることで、血管が拡張して血流がよくなると、溜まった老廃物の排出が促され、細胞のエネルギー合成に必要な酸素と栄養の運搬が盛んになります。体内での化学反応は、マイルドな発熱範囲であれば体温が高いほど活発になり、エネルギー産生も向上します。
外から熱エネルギーを与えて体を温めることを繰り返すと、エネルギー工場であるミトコンドリアの数が増えて、代謝活性の高い状態を維持できる体になってくることが期待できます。
また、体を温めることが、免疫系、内分泌系と自律神経系に関わる多くのパラメータを同時に刺激することが確認されています。免疫系では、発熱範囲で体を適度に温めた場合、末梢血リンパ球が有意に増加し、異物に対する攻撃力が増強されます。内分泌系では、数種の下垂体前葉ホルモンの血中濃度が上昇し、中でも成長ホルモンの一過性上昇は細胞の修復再生を助けると考えられます。自律神経系では、交感神経と副交感神経の調整作用を増強し、環境の変化や日内変動に応じて必要な神経が働くようにトレーニングするのもほどよい温めの作用です。
さらに、体を温めることが体にいいもう一つの理由は、Hspの活躍です。
HspはHeat shock proteinの略で、熱ショックタンパク質と呼ばれる分子シャペロンの仲間です。
“シャペロン”とは、社交界にデビューする若い貴婦人に付き添う介添え役の意味で、分子シャペロンであるHspの役割は、環境からの様々なストレスに対して細胞内のタンパク質を守ることにあります。
Hspは、熱ショックの他にも放射線や重金属、化学物質、感染、低酸素、グルコース飢餓等、種々の環境ストレスによって細胞内に産生されることが知られていますが、もっとも安全で効率的なストレスが“熱”なのです。外から体を温めて発熱範囲まで体温が上がった時、体温の変化に応じて各種のHspが細胞内に産生されるのです。
Hspは、酸化によるタンパク質の変性を防いだり、新しく合成されるタンパク質の立体構造の構築(フォールディング)を介助したり、また、いらなくなったタンパク質の分解に関わったりして、タンパク質の一生にわたってかいがいしくそのお世話をしています。
このように、温めの温熱効果と末梢循環亢進作用は身体に様々な変化をもたらし、冷え症を解消するサポートとしての役割を果たします。
温め方にもいろいろな方法がありますが、それぞれに原理が異なり、お身体の反応も違ってきます。まずはご自分の冷えの状態を把握し、それぞれの状態に合った温め方を見つけましょう。